牛リンパ腫発症予測診断技術RAISINGの精度の高さを証明 ~国内初の14研究機関による多施設検証試験を実施~

掲載日2025.03.28
最新研究

獣医学部 共同獣医学科(旧所属:農学部)
教授 村上賢二
獣医微生物学

ポイント

  • 従来のクローナリティ解析技術を改良し、診断精度を維持しつつ、実験手技の簡便化に成功。
  • 国内の14研究機関が参加した多施設検証試験により、本診断技術の精度の高さを証明。
  • 診断キットの市販化により、リンパ腫の診断やリスク評価が可能となり、畜産被害の軽減に期待。

概要

北海道大学大学院獣医学研究院の今内覚教授、岡川朋弘特任助教、国立感染症研究所の斎藤益満主任研究官、株式会社ファスマックの松平崇弘氏らの研究グループは、牛のリンパ腫の発症予測診断技術RAISING*?を改良し、国内の14研究機関における多施設検証試験により本診断技術の精度の高さを証明しました。
牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus:BLV)は日本中の農場で蔓延しており、BLVの感染を原因とする牛伝染性リンパ腫(enzootic bovine leukosis:EBL)の発生が急増しています。EBL発症牛は、と畜検査で全部廃棄となり、食肉として売却できないだけでなく、それまでに費やした膨大な費用や時間が無駄になってしまうため、畜産業に大きな経済的損失をもたらしています。EBL発生を未然に防ぐためには、EBL発症リスクを評価し、高リスク牛の管理?選択的淘汰を行うことが求められます。
本研究グループは先行研究において、プロウイルス挿入部位を網羅的に解析する「RAISING法」を開発し、RAISING法によるBLV感染細胞のクローナリティ*?解析がEBLの鑑別診断法並びに発症予測法として有用であることを示しました。しかし、従来のRAISING法では2種類のDNAポリメラーゼを用いるため、試薬の品質管理や実験手順の煩雑さが課題となり、診断キットとしての実用化が困難でした。そこで、本研究では従来のRAISING法を改良し、1種類のDNAポリメラーゼを使用することで、診断精度を維持しつつも、実験手技を簡便化し、実用性を向上させた「RAISING ver.2」を開発しました。さらに、RAISING ver.2によるクローナリティ解析について、14研究機関における多施設検証試験を実施し、実験間誤差の小ささと再現性の高さを証明しました。今後、本開発技術を用いた「牛のがん検診」を広く普及させることで、農場でのEBL発生を未然に防ぎ、経済的な損失を軽減するとともに、和牛の安定的な生産?供給に貢献することが期待されます。
なお、本研究成果は、2025年3月28日(金)公開のThe Journal of Veterinary Medical Science誌に掲載されました。

国内の14研究機関における多施設検証試験

背景

牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus: BLV)は、牛のB細胞に感染し、細胞のゲノムにプロウイルスとして組み込まれ、持続感染します。多くの感染牛は無症状ですが、約1~5%の感染牛では潜伏期間を経て感染細胞が腫瘍化し、地方病型牛伝染性リンパ腫(enzootic bovine leukosis: EBL)を発症して、死に至ります。日本ではBLV感染が広がっており、2009?2011年の全国調査では乳牛の40.9%、肉牛の28.7%がBLVに感染していると報告されました。牛伝染性リンパ腫は、家畜伝染病予防法で監視伝染病(家畜の重要疾病)に指定され、発症牛の届出が義務付けられています。2024年には4,423頭の発症が報告されており、1998年(99頭)と比べて44倍以上に増加しています。この発生頭数は、過去17年間にわたって、牛の監視伝染病37種の中で最多となっています(図1)。
現在のところ、BLVに対するワクチンや治療法はなく、農場の衛生管理やウイルス検査、感染牛の隔離?淘汰によって感染拡大防止が試みられています。しかし、日本国内ではEBL発生増加に歯止めがかかっておらず、現状の対策だけでは十分ではないことが浮き彫りになってきています(図2)。一方で、牛肉の価格は世界的な需要の増加と飼育費用の上昇により高騰しています。しかし、と畜検査でリンパ腫と診断された牛は全部廃棄となり、食肉として売却できないだけでなく、それまでに費やした膨大な費用や時間が無駄になってしまうため、畜産業に大きな経済的損失をもたらしています。このため、感染拡大防止策に加えて、EBL発症リスクを評価し、高リスク牛の管理?選択的淘汰を行うことで、EBL発生を未然に防ぐことが求められています。
本研究グループは先行研究において、プロウイルス挿入部位を網羅的に解析する「RAISING法」を開発し、BLV感染細胞のクローナリティ解析に応用しました(図3)(関連するプレスリリースを参照)。BLV感染牛の血液検体を解析したところ、EBL発症牛ではEBL未発症牛よりもクローナリティ値(Clonality value: Cv)が高くなっていました。Cvを指標としたEBLの鑑別診断は、感度が87.1%、特異度が93.0%と非常に高精度でした。さらに、BLV感染羊モデルの解析では、Cvがリンパ腫発症よりも早いタイミングで上昇することが確認され、リンパ腫の発症予測にも有効である可能性が示されました。
このように、先行研究で開発したRAISING法(RAISING ver.1)は、EBLの鑑別診断並びに発症予測診断に有効な方法ですが、RAISING ver.1には2種類のDNAポリメラーゼを必要とするため、試薬の品質管理や実験手順の煩雑さが課題となり、診断キットとしての実用化が困難でした。そこで本研究では、従来のRAISING法を改良し、1種類のDNAポリメラーゼを使用する「RAISING ver.2」を開発し、その性能を評価しました。さらに、日本国内の14研究機関と多施設検証試験を実施し、様々な実験室環境におけるRAISING ver.2の精度や再現性を検証しました。

研究手法

本研究ではまず、RAISING ver.2によるBLVプロウイルス挿入部位の検出感度を検討しました。次に、RAISING ver.2またはRAISING ver.1を用いて、BLV感染牛の血液検体(n = 13)についてクローナリティ解析を実施し、増幅産物のシーケンス解析結果とCvを基準に診断の精度並びに一致度を検証しました。最後に、14研究機関において、BLV感染牛の血液由来DNA検体(n = 10)を用いてRAISING ver.2を用いたクローナリティ解析を実施しました。そして、14機関で得られた増幅産物のシーケンス解析結果やCvを比較し、診断精度や再現性を評価しました。

研究成果

RAISING ver.2は、BLVプロウイルス量が低い検体においてもプロウイルス挿入部位を検出可能であり、検査法として十分な感度を有することが示されました。次に、RAISING ver.2によるBLV感染牛のクローナリティ解析を実施したところ、従来法(RAISING ver.1)と同じプロウイルス挿入部位の配列が増幅され、RAISING ver.2によって算出されたCvは従来法と高い精度で一致していました(図4)。さらに、多施設検証試験によりRAISING ver.2を評価したところ、試験に参加したすべての機関において、得られた増幅結果がすべての検体で一致しており、Cvも非常に正確に算出されました(図5)。

今後への期待

本研究で開発した「RAISING ver.2」では、診断精度を維持しつつも、従来法と比べて実験手技が簡便化され、実用性が向上しました。さらに、RAISING ver.2によるクローナリティ解析は、実験間誤差が小さく再現性が高いことが確認され、信頼性の高い診断法であることが示されました。本研究の成果を基盤として、RAISING法によるクローナリティ解析が、EBLの鑑別診断法並びに発症予測法として臨床検査に応用されると期待されます。
現在、北海道大学、国立感染症研究所、株式会社ファスマックの研究チームは、国内の臨床獣医師や検査機関、農業関係者と連携して、モデル農場における実証研究を進めており、EBLの発症リスク評価におけるRAISING法の有用性を検証しています(図6)。また、本研究で開発したRAISING試薬キットについては、市販化に向けて準備を進めています。さらに、株式会社ファスマックでは、BLVクローナリティ解析の受託解析サービスを実施しています。
今後、本開発技術を用いた「牛のがん検診」を広く普及させ、EBL発症リスク評価を基に高リスク牛管理?選択的淘汰を行うことで、農場でのEBL発生を未然に防ぎ、経済的な損失を軽減するとともに和牛の安定的な生産?供給に貢献することが期待されます。

RAISING法によるBLVクロナリティ解析サービス
メール ngs@fasmac.co.jp(株式会社ファスマック バイオ研究支援事業部)

謝辞

本研究は、公益財団法人伊藤記念財団 大型研究プロジェクト事業、文部科学省 科学研究費助成事業(JP19KK0172、JP22K19232、JP23K23768、JP23KK0124、JP19K15993、JP22K15005、JP24K01918、JP17H03594)、国立研究開発法人農業?食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター イノベーション創出強化研究推進事業、革新的技術開発?緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)、並びにオープンイノベーション研究?実用化推進事業、農林水産省 安全な畜産水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業、及び北海道大学大学院獣医学研究院臨床研究推進研究費の支援の下で行われました。

関連するプレスリリース

2022年10月21日付けプレスリリース:
牛のリンパ腫発症を予測するがん検診技術を開発~発症予測法の実用化による畜産被害の軽減に期待

論文情報

論文名 Performance evaluation of an improved RAISING method for clonality analysis of bovine leukemia virus-infected cells: a collaborative study in Japan(牛伝染性リンパ腫ウイルス感染細胞のクローナリティ解析のための改良型RAISING法の性能評価―日本における多施設共同研究)
著者名 岡川朋弘?、野尻直未?、吉田初佳?、直 亨則?、富永みその?、小原潤子?、権平 智?、樋口豪紀?、武田洋平?、小川晴子?、山田慎二?、村上賢二?、鈴木康規?、高井伸二?、前澤誠希?、猪熊 壽?、清水 薫?、猪島康雄?、笛吹達史??、田川道人??、山本真理??、目堅博久??、江?真南??、小澤 真??、松平崇弘?4、前川直也?、村田史郎?、大橋和彦?、斎藤益満?、今内 覚?(?北海道大学、?国立感染症研究所、?北海道立総合研究機構、4酪農学園大学、?帯広畜産大学、?岩手大学、?北里大学、?東京大学、?岐阜大学、??鳥取大学、??岡山理科大学、??宮崎大学、??鹿児島大学、??株式会社ファスマック)
雑誌名 The Journal of Veterinary Medical Science(日本獣医学会の機関誌)
DOI 10.1292/jvms.25-0031
公表日 2025年3月28日(金)(オンライン公開)

参考図

図1.日本国内における牛の監視伝染病の発生状況(上位4疾病)
図2.EBL対策における問題点と畜産被害の概要
図3.RAISING法によるBLVクローナリティ解析
図4.RAISING ver.1またはver.2によるクローナリティ解析結果の比較
図5.多施設検証試験におけるRAISING ver.2を用いたクローナリティ解析結果
図6.「牛のがん検診」の実現に向けた共同研究体制

用語解説

  1. RAISING
    ライジング。Rapid Amplification of the Integration Site without Interference by Genomic DNA Contaminationの略。感染細胞におけるプロウイルス挿入部位の増幅技術。本研究の著者らによる先行研究によって開発された。従来のクローナリティ解析技術よりも迅速で(3時間で増幅完了)、簡便かつ低コストな方法(特殊な試薬や高額な解析機器を必要としない)でありながら、高感度?高精度にクローナリティを解析可能な技術。
  2. クローナリティ
    同じ感染細胞の増殖度合い。BLVは牛のB細胞に感染すると、細胞のゲノムのランダムな位置にプロウイルスとして組み込まれる。持続感染期のBLV感染牛では、体内に様々な感染細胞が存在しており、プロウイルス挿入部位は細胞によって異なるため、感染細胞のクローナリティは低くなる。一方、特定の感染細胞が腫瘍化し異常にクローン増殖すると、特定のプロウイルス挿入部位の占める割合が上昇し、感染細胞のクローナリティが高くなる。
本件に関する問い合わせ先

農学部共同獣医学科
教授 村上賢二
muraken@iwate-u.ac.jp